倦怠期の意味とは

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そもそも倦怠期ってどういうこと?

倦怠期の意味を辞書で調べると「飽きて嫌になる時期」とあります。確かに、人間は一度飽きてしまうと、それまでどれほど好きだったとしても一転して嫌だなと感じてしまうものです。昔はトマトが好きでいつも食べていたけど言葉通り飽きるほど食べすぎてしまって今では嫌いになってしまった、というような覚えはありませんか?詳細は後述しますが、飽きて嫌になってしまうことはある意味日常的に起こり得る現象なんです。
この感情の変化は恋愛に関しても同様に作用します。どれほど好きな相手だったとしても、新鮮味を感じなくなってしまえば飽きてしまう。飽きてしまえば良い点が見えなくなり、悪い印象を抱いてしまう。以前は嬉しかった連絡を面倒臭く感じてしまったり、好意的に捉えていた癖が妙に癇に障ったり…こういった症状が起きてしまう時期が倦怠期となります。
倦怠期に悩んでいる時、険悪な状況から脱して最初の頃のような関係に戻りたいと考えている場合が大半だと思います。イライラやモヤモヤといった感情を完全にコントロールするのは難しいものですが、実は悩みに悩んでドツボにはまってしまう前に、仕方のないことだとある意味開き直ってしまうことが重要です。一度割り切ってしまってからの方が倦怠期の意味を冷静に考えることが出来て、乗り越える方法を見付けやすいハズです。

必ずやってくる倦怠期

恋愛が始まった初期段階は毎日が新鮮で、恋人に会うたびに意味もなくドキドキするものですよね。気付くと相手のことばかりを考えていたり、可愛く見られたい一心でオシャレに気を遣ったり、そういう意味では自分の世界の中心に恋人がいるような感覚を覚える方も少なくないのではないでしょうか。
そのドキドキがイライラに変わり、遂には無関心になってしまう厄介な倦怠期は、迎えてしまった当人が一番つらいもの。だからこそ「倦怠期がない人たちがうらやましい」と思うかもしれませんが、実際はどんなカップルにも倦怠期というものはやってくるのです。
盲目的に熱中してしまう段階を過ぎ、次第に高揚感が落ち着いていくというのは自然な流れです。長く連れ添えば連れ添うほど相手の行動パターンも分かってくるので、あらゆる面で新鮮さというのは失われてしまいます。ただ、その状況は悪い意味ばかりではありません。馴染んだからこそ出来ること、言えることだってあるでしょう。慣れる、という事には良い面だって必ず存在するのです。
長くお付き合いを続けているのにいつまでもラブラブに見えるカップルは、お互いにキチンと意味を考え、関係を修復した事で仲を深めた関係だと言えるでしょう。倦怠期は、いわば雨のようなもの。いつか必ずやってくるものですが、決して悲観的になりすぎる必要はありません。

倦怠期をチャンスと捉えよう

盲目の段階が終わったという事は、逆に言えば冷静さを取り戻した状態という事です。好きで好きで仕方ない!という状況に比べ、自分の事も相手の事も俯瞰的に見る事が出来るようになったという事ですね。
恋愛が盛り上がっている時というのは非常に楽しいですし、幸福感に満ちているものですが、その分だけ期待や理想といったフィルターが掛かっています。そのフィルターが外れた時期だからこそ、相手の姿をしっかりと見つめ、また、自分自身の事も見直す事が出来るのです。
自分は本当にこの人の事を好きなのだろうか。相手は自分の事を本当に好きでいてくれているのだろうか。良い部分しか見えていない状態よりも、悪い事にも目が向くようになってからの方が、根幹的な部分を分析するには向いています。
倦怠期を迎えるという事は、熱に浮かされているような恋の時期を経て二人の未来を落ち着いて考える時期を迎えたという意味を持ちます。つまり、嫌な部分が目につくようになってしまった事にもちゃんと意味はあるのです。
今後もずっとそばにいたいと思う相手であれば尚の事、一歩引いた冷静さを持ってお互いを見つめ直すという事が必要になってきます。客観的に二人の事を見極めるチャンスが与えられたと考えれば、倦怠期もそう悪いものではないと思いませんか?